KAILO

『少女庭国』を読んだ

少女庭国 文庫本

表紙イラストの焦茶氏はアイカツの二次創作イラストも描いていてたまたま知っていたので購入へのフックとなった。かっこいい絵。

ネタバレありなのでご注意ください。

あらすじ

あらすじは以下の通り。

卒業式会場に向かっていた中3の羊歯子は、気づくと暗い部屋で目覚めた。隣に続くドアには貼り紙が。“下記の通り卒業試験を実施する。ドアの開けられた部屋の数をnとし死んだ卒業生の人数をmとする時、n-m=1とせよ"。ドアを開けると同じく寝ていた女生徒が目覚め、やがて人数は13人に。不条理な試験に、彼女たちは…。中3女子は無限に目覚め、中3女子は無限に増えてゆく。これは、女子だけの果てしない物語。

少女庭国

立方体の部屋には2つのドアがあり、片方にはノブが無くこちらからは開けられない。もう一方のドアを開けると全く同じつくりの部屋があり、少女が寝ている。1つの部屋のドアを開けるとそこにいる1人の少女が目覚める。

n-m=1とするためには、目覚めた少女のうち1人が生き残り、残り全員が死ぬ必要がある。『CUBE』や『SAW』のような密室デスゲームの様相で、ややもするとこの時点でありきたりな話だなと高を括ってしまうが、話はそこで留まらない。

アンチ・デスゲーム

作品は「少女庭国」と「少女庭国補遺」の2章構成になっている。

実際に前部の「少女庭国」ではデスゲームの予感通りに話が進む。仁科羊歯子を初めとした13人の少女が目覚め、親交を結び、衰弱し、辛い現実から逃れるため・あるいは立ち向かうためにトランプや王様ゲームなどのパーティに興じ、最終的に投票によって生き残るものを決め、それ以外は合意のもと殺されたり自死したりするという結末を迎える。60ページほどの物語の中で、黒幕も目的もトリックも、生き残った者がどうなったのかも明かされることは無い。

しかしここまでが前フリで、物語の本質は「少女庭国補遺」にある。

安野都市子という少女が全く同じ状況で目覚め、ドアを開け、隣室の女子を殺害する。という内容が僅か数行で描写される。

奥井雁子という少女が全く同じ状況でが目覚め、ドアを開け、隣室の女子を襲うが返り討ちにあう。という内容が僅か数行で描写される。

三島支部子という少女が全く同じ状況でが目覚め、ドアを開け、隣室に女子を認めるとその場で自殺する。という内容が僅か数行で描写される。

その後も異なる少女たちの物語が、あるいは数行で、あるいは長いページを割いて淡々と描写されていく。この作品には明確な主人公は存在しない。前部を読んでいるときは表紙のイラストを見ながら登場人物を照らし合わせ「この人がこれかな」などとやっていたがその行為は殆ど意味を成していなかった。

ひとつの"卒業試験"が終わると、開かれなかった次の部屋の少女が目覚め、次の"卒業試験"が始まる。大理石のような石でできた立方体の部屋の繋がりだけが存在する世界で少女たちがどのように行動したのか。小説は観察レポートのような奇妙さを纏っていく。

新しい宇宙での人類史

ある少女は2000を超える部屋を開けた。彼女の記憶によれば同学年は210数名のはずだったが、目覚めた2000以上の少女らはみな同じ中学校の同じ学年の卒業生で、校舎やその周辺、教師、別学年の生徒についても同じ記憶を持っており、ただ同学年の記憶だけが異なっており誰一人知り合いはいないのだった。

大量の少女たちはすぐに殺し合いとはならず、少数がたまたま携帯していたお菓子などを除いて食べ物らしい食べ物が何もないこの状況を脱すべく糞尿食を始め、やがて人肉食へと移行していく。ドアを開ける瞬間までは寝ている少女の時間は停止しているらしく、新たなドアを開ければ必ず新鮮な人肉を得ることができる。この辺りがグロテスクに感じ、読んでいてキツかった。

しかし人肉食文化の中では次第に、

  1. 人骨を利用してドアを破壊する
  2. 取り出したドアを別のドアにぶつけて破壊する
  3. ドアの破片から鉄器を作る
  4. 鉄器を利用して石壁を掘削し打製石器を作る

といった発展が成され、さながら旧石器時代をなぞるような形になる。こうなってくると人肉食がグロいとかいうよりも原始的な人類の生活を眺めているような気になり「観察レポートのような」描写に腑に落ちてしまいそうな不気味さを感じてくる。

この少女たちは結局これらの道具を武器にして殺し合ってしまうが、その後も無数のパターンの"卒業試験"が繰り返される中で、石室世界に根差し文化的に発展した例が描かれる。

労働力としての奴隷階級が発生し、支配者階級はある種の余暇ができたことで歌や絵に秀でた少女のパトロンとなり、抱える芸人の質や量をステータスにする文化が形成された。また、奴隷階級よりさらに下の階級もつくられ、彼女らは人間扱いされなかった。

立ち返って、ここにいる支配者・奴隷・食料、全員が卒業式を控えた中学3年生(実際には目覚めてから何年も過ごして老婆になった者もいるし、これまで何が起こったかを語り継ぎ世代交代も行われているが)であり、資源は石とドアと人間とその衣服や持ち物しか無い中での営みであることを考えて頭がおかしくなりそうになる。

状況の異常性然り、本当の原始人ではなく、15年間現代日本の価値観を育んだ少女が突然この世界で過ごすことになる恐ろしさが読後もずっとのしかかっている。

少女"庭"国

ある場合は数分で、ある場合は数億年単位で"卒業試験"が繰り返され、文化が生まれては滅ぶ。石、死体、糞尿をもとに途方もない長い時間をかけて土がつくられ、気の遠くなるような奇跡で草木が生い茂り、大理石を開拓した広大な空間に街が形成され、本屋にはかつていた世界の記憶をもとに再現された粗悪な漫画や小説が並ぶ。

土壌の形成に関わるミミズや花などの存在は初期の段階で伏線的に登場していて、何でもないアイテムが無数の試行の中で笑ってしまうくらい壮大な展開のキーとして機能するので「これがこう使われるか!」という驚きがあった。

ある者は、例え無意味に思えたとしても、何世代もかけて土をつくること、本をつくること、それらを持続し受け継ぐことをやるべきであると考える。またある者は、何もかもが不毛だと考える。

本作は最後まで具体的な黒幕やトリックが明かされないが、それは我々が住むこの宇宙も同じではないか。悠久の時を経てこの宇宙で人類が発展し、それを持続させているのはそもそも何のためなのか。無意味に思えてもやるべきなのか、あるいは不毛なのか。なぜ宇宙はこのような有様になっているのか。なぜ物質が存在し、なぜ物理法則はこのようなルールになっているのか誰も知り得ないのではないか。

作者の矢部 嵩氏の他の作品を読んだことはないが、知的で流れるような文体の中に突如として中3女子の思考としての「意味不」「とりま」などの俗っぽい単語が出てくるのが面白かった。また、少女たちの会話も異様にリアル中3女子っぽかったり異様に文語的な言い回しだったりして良かった。

ある種の思考実験、ライフゲームのように、条件を設定した世界の中で生命がどのように振舞うのかをただ鑑賞して楽しんでいるような作品の姿勢が衝撃的だった。思えば登場人物の名前も皆一様に「~子」となっていて、まるでランダムにパラメータを振って自動生成されたゲームキャラクターのようだ。この悪趣味なテラリウムは、小説のタイトルにある"庭"という文字が示唆している。庭園を鑑賞する人間、地球を鑑賞するより高次の存在…末恐ろしいマトリョーシカ的な宇宙観を想起してしまった。